僕の玩具



「ユフィーッ!ユフィーはいるか!?」
「クロヴィス!?」

突然乱入してきたクロヴィスにコーネリアは眉を顰めた。

「まぁ珍しいですわね?お兄様がここにいらっしゃるなんて・・・」

「明日は槍が降るかもしれませんわね?気をつけなければ・・・」とユーフェミアは無邪気な笑みを浮かべている。
それくらいクロヴィスがコーネリアとユーフェミア姉妹のところに顔を出すのは珍しいことなのである。

「なにか急ぎの用事でもあるのか?」

姉妹の団欒の時間を邪魔されて、コーネリアは不機嫌そうだ。
しかしクロヴィスはそれにまったく構わずに、ツカツカとユーフェミアの傍まで歩いて行く。
ユーフェミアの前に立って、そのあどけない顔を見下ろすクロヴィスの目が尋常ではなかった。
それでもユーフェミアは怯まない。

「お兄様?一体どうなさったのでしょうか?私がなにか・・・?」

怯む怯まない以前に、ユーフェミアは天然だ。
だからクロヴィスの纏った不穏な空気にまったく気づいていない。

「ユフィー・・・お前、ナナリーとどっちがルルーシュのお嫁さんになるかで喧嘩したそうだな?」
「まぁ!誰にそのお話をお聞きになったのでしょう!?」

頬を紅く染めて恥らう妹があまりにも可愛らしくて、クロヴィスは激しく嫉妬した。
年齢的にもユーフェミアはルルーシュとぴったりお似合いだった。
しかも、ルルーシュとユーフェミアはとても仲がいい。
クロヴィスにとって最強最悪の敵である。
メラメラと闘志を剥き出しにしているクロヴィスの胸倉をいきなりコーネリアがグイと掴み、もの凄い形相でクロヴィスを睨みつけている。

「私を無視するなッ!」

コーネリアは馬鹿に無視されるのが大嫌いだった。
しかし今はコーネリアに構っている暇のないクロヴィスは、「私はユフィーに用があるのだ」と、胸倉を掴んだコーネリアの手を振り払った。

「お前がユフィーに用とは珍しいな?そんなに重要なことなのか?」
「重要も重要。私の一生に関わる問題だ」

そこまで言われてしまったら、コーネリアも引かざえねない。
少し離れたところで椅子に腰掛け、大人しくクロヴィスの動向を伺うことにする。

「・・・で、お前の一生に関わることでユフィーに用とは一体なんだ?」

肘掛に肘を置き、頬杖をつきながら脚を高く組み、コーネリアは溜息を吐きながら面倒くさそうに尋ねた。

「ユフィー・・・お前、本当にルルーシュのお嫁さんになりたいのかい?」

コーネリアをまったく無視してクロヴィスは真剣な顔でユーフェミアを見つめた。
またしても頭の足りないクロヴィスに無視されたコーネリアはこめかみに青筋を浮かべ、思いっきり不機嫌だった。
しかしクロヴィスはコーネリアに構っている余裕はない。というより、コーネリアの不機嫌の度合いが増したことなどまったく気にしていなかった。

「・・・ど、どうなんだね?」

クロヴィスはユーフェミアの答えを待ちかねて、ゴクリと生唾を呑みこんだ。

「お兄様?その前にお伺いしたいのですが・・・?」
「な、なんだね?」
「お兄様はどうしてそんなに私がルルーシュのお嫁さんになりたいということに拘っていらっしゃるのでしょうか?」
「そ、それは・・・」

ユーフェミアの問いかけにクロヴィスは僅かに口ごもり、頬を朱色に染めている。
その様子に、「どうなさったのですか?」と兄を気遣うユーフェミアが、クロヴィスの目から見ても愛らしかった。
しかし、ここで負けてはいられない。
ルルーシュの将来の花嫁の座は自分のものだと自分に言い聞かせ、キッとユーフェミアを見据えた。

「私は将来ルルーシュの花嫁になるのだ。もしお前がルルーシュのお嫁さんになりたいと言うのなら、お前と私は・・・恋敵ということになる」
「まぁ!」
「私の言っていることはわかるね?」
「はいお兄様。・・・でも・・・?」
「でも?」
「お兄様は男ですわよね?男のお兄様がルルーシュと結婚するのは・・・その・・・ご無理があるのではないのでしょうか?」
「それなら大丈夫だ!私はルルーシュの為なら女になる覚悟はできている!」

それまで黙って話を聞いていたコーネリアはクロヴィスの馬鹿さ加減に激しい頭痛を憶えた。
しかしこの目の前の大馬鹿者をこのまま放っておくこともできない。

「クロヴィス。一つ聞いておきたいのだが、お前・・・なんで突然ルルーシュの嫁になろうと思ったんだ?」
「え!?なんでって・・・それはルルーシュに将来お嫁さんになってくれと頼まれたから・・・だから私は可愛い弟のために性転換をする覚悟まで決めたのだが、シュナイゼル兄上が性転換より花嫁修業が先だと教えてくださって・・・それで・・・」
「馬鹿かお前はッ!」

これまでの経緯をつらつらと話すクロヴィスの言葉に、この頭の足りない大馬鹿者がルルーシュに遊ばれている事実を見極めたコーネリアは大声で怒鳴りつけた。

「な、なにをそんなに怒っているんだ!?」
「お前はルルーシュに遊ばれているのだッ!!」

「そんなこともわからないのか」と、コーネリアは諦めたように溜息を吐いている。

「そ、そんなことは・・・私がルルーシュに遊ばれているだなんて・・・あの可愛いルルーシュが私を・・・この私を・・・だって、だって・・・ルルーシュは私とちゃんと約束までしてくれたのに・・・そんなことはあり得ない。いや、あるはずがない!」
「お兄様?先程のナナリーとの喧嘩のことなんですけれど・・・」
「ルルーシュが・・・私の可愛いルルーシュが・・・」

コーネリアに突きつけられた真実にショックを受けたクロヴィスの耳に、ユーフェミアの言葉などは届いていない。

「・・・お兄様?」

心配そうに覗き込むユーフェミアの目に、今にも泣き出しそうな悲壮な顔を浮かべているクロヴィスの姿が映された。

「・・・お兄様、そんなに悲しまないでください」

ユーフェミアの優しい慰めの言葉もクロヴィスには聞こえていない。

「・・・私は・・・ルルーシュとは結婚できませんのよ?」
「えッ!?」

その耳に突然飛び込んできたユーフェミアの言葉に、クロヴィスは一筋の光明が見えたような気がした。

「お姉様に教えていただいたの。私とルルーシュは結婚できないって」
「・・・それは、なぜ?」
「だって私とルルーシュは兄妹ですもの・・・」

「半分しか血は繋がっていませんけど」と、無邪気な笑みを浮かべたユーフェミアがクロヴィスに天然のトドメを刺した。

「そ、それでは私は・・・ルルーシュと半分血の繋がっている私は・・・ルルーシュとは、結婚できない・・・」
「そういうことになりますわね?それでその話をナナリーにして仲直りをしたのですが・・・お聞きになりませんでしたの?」

ナナリーは一言もそんなことは言っていない。
ナナリーもやはりマリアンヌの子供なのである。
もう何を信じていいのかわからなくなってしまっているクロヴィスは完全に人間不信に陥っていた。
自分のもっとも憧れているマリアンヌの性格を知っているコーネリアは苦笑を浮かべている。
しかも、マリアンヌの血縁とはまったく関係のないシュナイゼルまでもが黒い事実に、もはやクロヴィスの運命は約束されたようだと、哀れんでやることしかできなかった。
ユーフェミアはそれを知ってか知らずか、自我の崩壊しかけた兄・クロヴィスの頭を慰めるように撫でやった。